2011年4月14日木曜日

残花

 知るはずはないのだと、誰もがそう言う。
 そのような記憶を持つはずがないのだと。
  
 けれど私は確かに見た。

 門の脇には、枝垂れの桜。
 もう艶を咲かすこともできぬ古木の桜が、薄墨の花をつける。青空の下では白けて見えて、曇り空ならなお寂しい。もったりと花ばかり重くって、それはもう息もできぬほど。
 そうしてやがては、重みに耐えかね、その花を散らすのだ。
 はらりひらりとまたひとつ。


 知るはずがないのだと、誰もが言った。
 斯様に古い話など、語る者もいないのだから。

 けれど私は知っている。
  
 屋敷の下には長い道。それを下れば外と中とを分ける門。夜にぼぅやりと木は立ちつくし、表に出ることは叶わない。花弁だけがただただ自由に。散り落ちたものだけが自由に。
 はらりひらりとまたひとつ。


 女は古木の下。 
 白い喉をそらせ、頭の上に重たげに垂れる花を見上げていた。
 半眼に、唇を薄く開け、女は息を吸う。
 一ひら、一ひら、ひとひら。その息に合わせて花弁が飲まれてゆく。
 数多、散り。数多、散り散り。
 女は花を食うているのだ。
 やがて息苦しくなったか、耐えかねるようにほぅと息を吐く。
 いつしか唇は色付き、伏せた目は潤み、肌ばかり夜に白く浮き上がる。
 女が輝けば花がくすむ。
 
 門の脇には枝垂れの桜。
 それはいつの記憶か誰のものか。
 今となっては、黒く夜があるばかり。





去年の今頃は、どこで拾ってきたか、古い桜が憑いて大変だったなぁ。
とか、ふと思い出した。

今年の桜は一転、明るくって楽しいものでした。

ユニ、ありがとう。

0 件のコメント:

コメントを投稿