知るはずはないのだと、誰もがそう言う。
そのような記憶を持つはずがないのだと。
けれど私は確かに見た。
門の脇には、枝垂れの桜。
もう艶を咲かすこともできぬ古木の桜が、薄墨の花をつける。青空の下では白けて見えて、曇り空ならなお寂しい。もったりと花ばかり重くって、それはもう息もできぬほど。
そうしてやがては、重みに耐えかね、その花を散らすのだ。
はらりひらりとまたひとつ。
知るはずがないのだと、誰もが言った。
斯様に古い話など、語る者もいないのだから。
けれど私は知っている。
屋敷の下には長い道。それを下れば外と中とを分ける門。夜にぼぅやりと木は立ちつくし、表に出ることは叶わない。花弁だけがただただ自由に。散り落ちたものだけが自由に。
はらりひらりとまたひとつ。
女は古木の下。
白い喉をそらせ、頭の上に重たげに垂れる花を見上げていた。
半眼に、唇を薄く開け、女は息を吸う。
一ひら、一ひら、ひとひら。その息に合わせて花弁が飲まれてゆく。
数多、散り。数多、散り散り。
女は花を食うているのだ。
やがて息苦しくなったか、耐えかねるようにほぅと息を吐く。
いつしか唇は色付き、伏せた目は潤み、肌ばかり夜に白く浮き上がる。
女が輝けば花がくすむ。
門の脇には枝垂れの桜。
それはいつの記憶か誰のものか。
今となっては、黒く夜があるばかり。
去年の今頃は、どこで拾ってきたか、古い桜が憑いて大変だったなぁ。
とか、ふと思い出した。
今年の桜は一転、明るくって楽しいものでした。
ユニ、ありがとう。
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